暖冬が続き今年も少雪かなと思っていたらドカンと1mを越える雪が積もりました。消雪パイプも稼働しっぱなしですので、長岡市から地下水位が低下し地盤沈下の恐れがあるので節水の要請が来ていました。


しかし、降雪は昔に比べると減っています。平均累計降雪量を比較すると
昭和➡648cm 平成~令和➡465cm
と2/3くらいになっています。
以下、私の昭和豪雪の記憶です。
38(1963)豪雪
長岡市観測史上最高で積雪深さ318cmだったそうです。私は中学3年生。ブルトーザーの機械力も少なく、田舎では3か月もバスが止まっていました。白一色の世界が3か月続き、4月中旬にやっと茶色の土が見えると春を感じました。

これは長岡市の当時の様子です。TVでは上越線の長距離列車が身動き取れずに立ち往生。乗客に炊き出しを提供している映像が流れていました。
また、自衛隊に出動要請し、火炎放射機で雪を溶かそうとしていましたが、効果なしの映像も。
昭和の後半も大雪が多かった!
娘2人が小学校に通っていた頃で、冬の朝、子供の登校時間に間に合うように保護者が当番で通学路の雪道を整備していました。通学路は道路除雪の雪の山だったので、道路標識が目線と同じくらいでした。

会社から夜10時頃に帰り、それから屋根に上がり2時頃まで雪下ろしでした。
雪を下した山でカマクラをつくって子供達や犬と遊んでいました。

この頃、大雪が続き、車社会になっていたので住宅地の路地にも消雪パイプの設置が盛んに行われました。克雪町内をかかげて、どの町内も一斉にお金を出し合い(市の補助金と)。
今、その設備が40年経過し老朽化&限界町内。今話題の老朽化インフラの一つになっています。



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